2013年4月29日月曜日

F1チームを強くする非情人事


F1チームを強くする非情人事
赤井邦彦の「エフワン見聞録」第4回
赤井邦彦/AUTOSPORTweb2013年4月17日 11:00

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/f1/all/2013/columndtl/201304150012-spnavi?page=1

ホンダF1の失敗

今年からメルセデスのエグゼクティブディレクターに就いたヴォルフ氏【LAT】
 F1チームの人事ほど非情なものはないと思う。「日本の会社だってそうじゃないですか? “追い出し部屋”っていうものまであるらしいし」と言われると困るのだが、F1チームの人事はそんなに甘いもんじゃない。ジワジワと来るのではなく、ある日突然に肩をたたかれてサヨナラを告げられるのだ。

 マレーシアGPの際、メルセデスF1チームの新しいエグゼクティブディレクター、トト・ウォルフに話を聞いた。ここでは詳細に触れないが、インタビューでは非情なF1界の人事面に触れる話も出た。

 メルセデスF1チームの前身はブラウンGP、そのまた前身はホンダF1チームである。ホンダ時代、このチームは、150戦以上戦ってわずか1勝しか挙げられなかった。このふがいない成績は、あえてここで言及するならマネージメントの失敗だろう。つまり、F1の常識である非情な人事ができなかったのだ。

 ホンダ時代に長い間チームの指揮を執ったのは田中詔一氏。ホンダきっての名うてのビジネスマンだ。ただ、彼のビジネススキルはF1界では通用しなかったのだろう。それは人事面において非情になりきれない日本人の甘さだったのかもしれない。今はフォースインディアで役職に就くオットマー・サフナウアーを片腕にチーム運営をしたが、当時のサフナウアーはF1界では通用しなかった。一般的なビジネスの世界では通用したサフナウアーの力も、F1界では素人同然だった。もうひとり、ホンダF1チームの中枢にはニック・フライという人物もいたが、彼に関しては後で触れる。
ロス・ブラウンが育てたF1チーム
 そのメルセデスF1チームが先週末の中国GPで今季初めてポールポジションを獲得、3位表彰台も得た。ルイス・ハミルトンが頑張った結果だが、ホンダ時代と比べるとチームの幹が太くなっているように感じる。暴風雨に耐える強さを持った太さの幹だ。これは、ホンダからチームを買い取ったロス・ブラウンが時間をかけて基盤作りをした結果。そして今年、メルセデスF1チームは代表が交代した。

 改めて引き合いに出すことはなかろうが、大方のF1チームを運営する人物には非情な力が備わっている。そして非情の最たるものが、チーム代表であろうが取締役であろうが簡単にクビが飛ぶという事実。そう、チームのいちばん偉い人がクビになるのだ。もちろん会社の金を使い込んだのでもなければギャンブルに明け暮れたのでもない、チームの成績不振という理由で突然……青天のへきれきである。

 今年からウォルフがエグゼクティブディレクターに就いたメルセデスF1チームは、昨年まで長い間メルセデスのモータースポーツを統括してきたノルベルト・ハウグを昨年末でクビにした。表向きは不振の責任を取って本人の意志で辞任したということたが、現実はクビになったのだろう。組織のトップで良い思いをしてきた人間が、簡単に自分から身を引くわけがない

ウイリアムズ株主、ウォルフがメルセデス加入
 ウォルフは昨年までウイリアムズの株を持った同チームの取締役のひとりだった。元々投資家である彼は、TOB(株式公開買い付け)を仕掛けて株を取得した企業に乗り込み、経営に参画することは当然の成り行きと考えている。ウイリアムズ時代もそうだった(TOBではない)が、今年メルセデスF1チームの大株主になり、いきなり現在の地位に就任した。ハウグのポジションを奪ったのである。いや、ウォルフが自らそのポジションを欲しがったのではないだろう。おそらく、メルセデスの親会社であるダイムラーが送り込んだのだ。なぜならウォルフはこれまでDTM(ドイツツーリングカー選手権)の世界で大きな力を持つHWAの株主として経営に参画しており、モータースポーツを知る経営者として優れた才覚を発揮してきた。ダイムラー経営陣はそのことを知っており、今回のメルセデスF1チームにウォルフを送り込んだとも考えられる。

 メルセデスF1チームにやって来くるとウォルフは、非情な手腕をいきなり発揮した。すぐにニック・フライCEOのクビを切ったのだ。「クビじゃない。違う仕事をしてもらうだけだ」とウォルフ言うが、フライはこれからコンサルタントという立場でチームに関わるのだとか。これでは「何も仕事はありませんよ」と言っているようなもの。「能なしは出て行ってくれ」とウォルフが三行半を突きつけたということだ。ホンダ時代を含めて長い間おいしい汁を吸ってきたフライは、昨日まで我が物顔に乗り回していたカンパニーカーのメルセデスSクラスを突然召し上げられ、レースに行く飛行機もファーストクラスからエコノミークラスに格下げ。それがいやなら自宅作業というわけだ。
功労者の処遇
 次にウォルフが下さなければならない判断はロス・ブラウンの処遇である。そもそもメルセデスF1チームは、もともとブラウンGPだったチーム。ブラウンにとっては自分のチームのようなものだ。しかし、チームをダイムラーに買収されメルセデスF1チームになったところからブラウンの苦難が始まる。成績不振がその苦難の源。自分のチームなら成績不振は自分に降りかかってくるだけだが、ダイムラーという自動車メーカーの考えは違った。“メルセデス”という高級ブランドネームが成績不振で汚されることを嫌ったのだ。それは当然だろう。メルセデスを売るための活動(=F1参戦)でメルセデスの名前が貶められることに我慢できるはずはない。ダイムラーがF1に参戦する理由は、メルセデスの自動車を売ること以外にはないのだから。そのためにはチーム創立者のブラウンであってもリストラの対象になる。

 とはいえブラウンは、今年はまだ安泰だろう。彼をフライと同等に考えることはできない。ブラウンがいて初めてこのチームは機能し、少しずつ改良がなされてきた。そして、F1マシンも開発されてきたのだ。そのブラウンをむげにすることはできない。ただ、今年は安泰だとしても、来年ブラウンの立場はどうなるか分からない。元マクラーレンのパディ・ロウという優れた技術者がメルセデスF1チームにやって来るからだ。彼の獲得には“チーム建て直し”という立派な理由があるが、そろそろ賞味期限が切れるであろうブラウンをスライドさせるための奥の手であることは、パドックの誰もが知るところ。もちろん、ブラウン自身がそれをいちばんよく知っている。

 こういった信じられないほど非情な、“非人情的”な人事が、F1界ではあちこちで行われている。自分で作った会社を追われるといった泣きのドラマはときどき耳にするが、F1界では案外頻繁に行われている。そして、一連のこうした騒動で判明したのは、チーム代表と呼ばれる人たちの多くが雇われの“仕事請負人”だということ。ゆえに、仕事がうまく行かなければ(つまりレースで良い成績が残せなければ)、簡単にクビにされるということだ。今、レッドブルのクリスチャン・ホーナーも、マクラーレンのマーティン・ウイットマーシュも、フェラーリのステファノ・ドメニカリも(ドメニカリの場合は少し状況が異なるが)……いつ自分のクビが飛ぶのか、ヒヤヒヤものだろう。

<了>

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